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霊場・札所での読経

●懺悔文●
 が  しゅくしょ ぞう しょ あく ごう   かい ゆ  む  し  とん じん ち 
我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴 
 じゅうしん ご  い  し  しょ しょう  いっ さい が  こん かい ざん げ  
従身語意之所生 一切我今皆懺悔 
私がこれまで重ねてきたいろいろな悪行
知らず知らずに行う貪瞋痴から生じています。
行動・言動・意識から生じています。
一切の私の今をすべて懺悔します。


●開経偈●
 む  じょうじん じん み  みょうほう   ひゃくせん まん ごう なん そう ぐう 
無上甚深微妙法 百千万劫難遭遇 
 が  こん けん もん とく じゅ じ    がん げ  にょ らい しん じつ ぎ  
我今見聞得受持 願解如来真実義 
このうえなく非常に深いすばらしい仏様の法。
百千万の長い時間をかけても、巡り合うのは困難である。
私は今見て、聞いて受け入れ手にしました。
願わくば、如来の真の教えを解き明かしたい。


●般若心経●
    ぶっ せつ ま  か   はん にゃ は  ら  み  た  しん ぎょう
   仏説摩訶般若波羅蜜多心経
 かん じ  ざい ぼ  さつ ぎょうじん はん にゃ は  ら  みっ た  じ  しょうけん ご 
観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五 
 うん かい くう ど  いっ さい く  やく しゃ り  し  しき ふ  い  くう くう ふ
蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不 
 い  しき しき そく ぜ  くう くう そく ぜ  しき じゅ そう ぎょうしき やく ぶ  にょ
異色色即是空空即是色受想行識亦復如 
 ぜ  しゃ り  し  ぜ  しょ ほう くう そう ふ  しょうふ  めつ ふ  く  ふ  じょう
是舎利子是諸法空相不生不滅不垢不浄 
 ふ  ぞう ふ  げん ぜ  こ  くう ちゅうむ  しき む  じゅ そう ぎょうしき む  げん
不増不減是故空中無色無受想行識無眼 
 に  び  ぜっ しん い  む  しき しょうこう み  そく ほう む  げん かい ない し
耳鼻舌身意無色声香味触法無眼界乃至 
 む  い  しき かい む  む  みょうやく む  む  みょうじん ない し  む  ろう し
無意識界無無明亦無無明尽乃至無老死 
 やく む  ろう し  じん む  く  しゅうめつ どう む  ち  やく む  とく い  む
亦無老死尽無苦集滅道無智亦無得以無 
 しょ とく こ  ぼ  だい さつ た  え  はん にゃ は  ら  みっ た  こ  しん む
所得故菩提薩依般若波羅蜜多故心無 
 けい げ  む  けい げ  こ  む  う  く  ふ  おん り  いっ さい てん どう む
礙無礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢 
 そう くう ぎょうね  はん さん ぜ  しょ ぶつ え  はん にゃ は  ら  みっ た  こ
想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故 
 とく あ  のく た  ら  さん みゃくさん ぼ  だい こ  ち  はん にゃ は  ら  みっ
得阿耨多羅三藐三菩提故知般若波羅蜜 
 た  ぜ  だい じん しゅ ぜ  だい みょうしゅ ぜ  む  じょうしゅ ぜ  む  とう どう
多是大神呪是大明呪是無上呪是無等等 
 しゅ のう じょ いっ さい く  しん じつ ふ  こ  こ  せつ はん にゃ は  ら  みっ
呪能除一切苦真実不虚故説般若波羅蜜
 た  しゅ そく せつ しゅ わっ
多呪即説呪曰
ぎゃ てい   ぎゃ てい    は  ら  ぎゃ てい    は  ら  そう ぎゃ てい
羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 
ぼ  じ  そ  わ  か     はん にゃ しん ぎょう
菩提薩婆訶 般若心経 
仏様が説く、偉大な悟りを開いた仏様の得る知恵と行いを実践するための方法。
観音菩薩が深い般若(悟りを開いた仏様の得る知恵と行動)の修行をしていたときに、
人間の体と心はすべて「空」であると考え気がついて、すべての苦しみから解放した。
シャーリープトラ(舎利子)へ、形があるということは「空」と同じであって、
「空」であることは形があるということなのだ。
形があるからこそ「空」であって、「空」であるからこそ形があるのだ。
人の心も同じことだ。
シャーリープトラへ、これがいろいろな法が「空」であるという本質だ。
どこからも生まれず、滅びることも無い、穢れる事も無いし、穢れないものでも無い、
増えるものでもなく、減って行くものでも無い。
「空」の中では形などは無い、精神作用(受・想・行・識)も無い、
感覚(眼・耳・舌・体・心)も無い。
形・音・香り・味・感触・心の動きも無い。
見えるものから、意識に到るまでなにも無いのだ。
無明も無く、そして無明は尽きない。
つまり老いることも死ぬこともなく、老いることも死ぬことも尽きることは無い。
四聖諦(生きることは苦であること。なぜ苦しみが生じるか。どうすれば苦しみはなくせるか。
苦しみを無くす八の方法。)も無く、得られる知恵が無いから、得られるものは無いのだ。
悟りの修行をするものは、般若の教えを実践しているのだから、心に妨げるものは無く、
妨げが無いから恐れも無い、一切の間違った考えを遠く離れて、「涅槃」に到るのである。
三世の諸仏は般若の教えを実践して最上級の悟りを得たのだ。
般若の教えの実践がはかりしれない「真言」であって、悟りに到る「真言」であり、 最上級の「真言」で、他と比べることはできない「真言」なのだ。
これがすべて一切の苦しみを除くことに疑う余地は無い。
だから、般若の教えを実践の「真言」を伝えよう。
それは、
「ギャーテイ ギャーテイ ハラギャーテイ ハラソーギャーテイ ボジソワカ 」般若心経。


●回向文●
 がん に  し  く  どく    ふ  ぎゅうお  いっ さい 
願似此功徳 普及於一切 
 が  とう よ  しゅ じょう   かい ぐ じょうぶつ どう 
我等与衆生 皆共成仏道 
願わくはこの功徳をもって、普く一切に及ぼし、
我等衆生、皆一緒に仏道に成せんこと。







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